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火ノ玉ジャパン・ボッチャ遠藤裕美選手 武器のロングスローと笑顔でチームをけん引 初めてのパラリンピックの大舞台へ
日本時間8月29日午前3時にパリパラリンピックが開幕する。ボッチャ競技に初出場する福島県福島市出身の「火ノ玉JAPAN」遠藤裕美選手。パリ出発直前の練習に密着した。
ロングスローが武器 遠藤裕美選手
ボッチャ競技歴14年、福島市出身の遠藤裕美選手。
生まれながらに脳性まひ障害を持ち、車いす生活の遠藤選手だが、磨き続けた得意の「ロングスロー」は世界と戦える大きな武器だ。
遠藤選手は「海外の選手であっても9.5メートル飛ばせる選手は数少ない。しっかり自分がエリア内にボールを入れて、多く加点できるようにするのが私の課題」だと語る。
戦術が勝利のカギ
1984年からパラリンピックの正式競技となったボッチャ。「ジャックボール」と呼ばれる白いボールが基準となり、交互に自分のチームの色のボールを投げあう。
ジャックボールに最もボールを近づけたチームが勝利となるが、ジャックボールの位置が動くので相手の狙いを読み、それを崩していくような戦術がカギになる。
チームを支える笑顔
この日の対戦相手は、健常者も出場する全国大会の優勝チーム。強豪国との対戦を想定し、チームとしての仕上がりを高めていくなか、遠藤選手の技だけでなく「笑顔」も仲間たちを支えていた。
チームメイトの杉村英孝選手は「いつも笑顔で接してくれていて、チームを和ませてくれるキャラクターです。彼女がいるだけで、雰囲気が和らぎます」と話す。
看護師でもある母のサポート
その笑顔を保つためにも、遠藤選手にとって体調の維持は欠かせない。
看護師でもある母・さとみさんは、生活のサポートをするだけでなく2年前から競技アシスタントとしても遠藤選手を支えている。
手のまひにより、ボールをコントロールする指先の力の調整が難しい遠藤選手に、最高の力を出せるようにと願いを込めたボールを渡す。
母・さとみさんは「柔らかいボールを使っているので、持つときに変形して潰れてしまう。ボールが真っすぐ思った所に行くために、球を丸めて中心を真ん中にしている。真っすぐ行けとか、上手くいけとか、思いを込めてやっています」という。
原点回帰 思い新たに
パリに出発する2週間前、遠藤選手は「原点」の場所にいた。
毎月行われている「福島県ボッチャ協会」の練習会に参加し、これまで切磋琢磨してきた選手やスタッフと汗を流した。
競技を本格的に始めたころから、試合の運び方や体の使い方など土台を学んできた遠藤選手の「はじまりの場所」。そして「成長の場所」でもある。
福島県ボッチャ協会事務局長の村上普子さんは「いろんな経験を積んで、意見を言えるようになってきた。福島県から火ノ玉JAPANの選手が出るという事は、私たちとしても誇りです」と語る。
いざ初めての夢舞台へ
たくさんの人からの期待を胸に、初めてつかんだパラリンピックの切符。夢の舞台でこれまでの思いをボールにこめて戦う。
「皆さんとこうして練習会を重ねて、大きな大会に出て結果を出し続けたことが、このパリパラリンピックに繋がっている。皆さんの思いを一つに、パリで一生懸命戦って来たいと思いますので、応援よろしくお願いします」
遠藤選手は、日本時間で8月30日からの個人戦と、9月3日からの団体戦に挑む。