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繁栄の証?有力者がいた痕跡?壁画が残る珍しい装飾古墳 歴史が伝える村の魅力《もっと!ぐっと!泉崎村》

福島県泉崎村には、東北で初めて発見された珍しい古墳がある。赤い顔料で描かれた幾何学模様や人物...約1400年前につくられた横穴墓(よこあなぼ)の謎に迫る。

<国の史跡 泉崎横穴>
泉崎村の中央部にある白石山の斜面に、岩盤をくりぬいてつくられた泉崎横穴。
昭和8年に道路を工事していて、偶然発見されたという。約1400年前、古墳時代の終わり頃のものとされ、国の史跡に指定されている。

<内部を特別に撮影>
泉崎横穴は今から91年前に東北で初めて発見された「装飾古墳」で、横穴の最深部・玄室の壁面には、手をつないだ人や耳の長い動物を弓を引いて追う人、天井には渦巻など様々な模様が赤色の顔料を使って描かれている。

<有力者がいた証?>
東北地方に2000から3000あるとされる古墳のなかでも、壁画が描かれているのは10基程度。
なぜこのような装飾が施されたのか?福島大学で東北の古墳を研究し泉崎横穴の修復にも関わっている菊地芳朗教授は「葬られた人物の生前の活躍を描いていたという風な説が最も注目されているというか、有力な説だと思う」と話す。
わざわざ壁画が描かれたのは有力者がいた証拠。
泉川の両側に平野が広がる泉崎村は、当時から農業生産力が高く、有力者が現れやすい下地があったという。

<人や物の往来が盛んな土地>
また泉崎横穴ができる100年前には、新田東山古墳や原山古墳がつくられたとされ、5世紀頃から東北南部の入口として人や物の行き来も盛んだった可能性がある。
福島大学の菊地芳朗副学長は「古代の白河地域が栄えるうえで、その先駆けとなるような力を持った人物が、ここで活躍していたというようなことが言えるのではないか」と解説する。

<年に一度の公開>
泉崎村の歴史を紐解くうえでも重要な、史跡・泉崎横穴。村は壁画の劣化防止の二重の頑丈な扉を16年前に設置。温度や湿度を管理し太陽の光で絵が劣化するのを防ぐため、年に一度10月の第2土曜日だけ一般公開を行っている。

<ロマンに魅了される人>
そして、壁画が持つロマンに魅了され、その価値を伝え続ける人も。村の文化財を保護するボランティア活動を行っている、泉崎村文化財保護審議会の久保木寿大さんは、月に一回、村の公民館で講演会を開催している。
また、一般公開の日には自分で描いた壁画のスケッチを使い100人ほどの訪問者に泉崎横穴の解説をしている。
「村の財産を後世に残して行かなくてはいけない。できれば若い人たちにも永遠に、こういったものがあるんだよって事を引き継いでもらいたい」と話す。

歴史あふれる泉崎村。久保木さんは「横穴を中心に、こういう文化があることをPRして、こういう自然がある泉崎村に住みたいと考えてもらえれば最高だなと思う」と話し、泉崎横穴を通して村の魅力を広める活動を続けていきたいとしている。