放射性物質と狩猟 取り残された野生動物と向き合う料理人 再び自然の循環に《東日本大震災》
東日本大震災・原発事故から14年。福島の山野を駆ける野生動物との向き合い方も問われている。全国には、狩猟した野生動物を解体するなどの加工施設が772カ所ある。ただ福島だけが空白となっている。背景にあるのが原発事故による出荷制限と摂取制限だ。福島県内では、いまだ多くの野生動物が食べられない状況にある。原発事故後変わってしまった福島の野生動物との関係を考える。
■ジビエに魅了された料理人
「牛肉とか豚肉とかおいしいのは間違いないですけど、自然界で獲れたもの、自分が生きるために蓄えた筋肉だったり脂肪だったりっていうのを頂くっていうのは、感じるものがあるなって思って」 こう語るのは、平山真吾。料理人だ。家畜では味わえない、野生の動物の旨味に魅了され、5年前に狩猟の世界に足を踏み入れた。
平山の師匠・藤田昇(69)と安藤仁(58)。狩りのイロハは2人から学んできた。
平山は「一緒に足跡を見ながら、野生動物がどっちの方向を向いているとか推測まで教えてもらっています」と話す。
■猟師と料理人 同じ世界を見つめる
この日は、シカを狙い、雪に残る手がかりを探す。猟師たちが辿るのは、本来人の通ることのない獣道。シカが生息するこの場所は、藤田と安藤が長年の猟で見つけた絶好の狩場。藤田が「自分の猟場は、あまり人に荒らされたくないっていうのもある」と話すように、本来猟師の常識では新人に狩場を教えることはあり得ないという。
それでも平山の同行を許しているのは「猟師」と「料理人」、立場は違えど同じ世界を望んでいるからだ。
藤田は「命というものを、うちらは殺す形になりますから。やはり獲ったものは最後までおいしく食べるのがいいと思うが、なかなか今までは放射能の関係で、獲っても廃棄していました」と話し、安藤は「プロの料理人の腕を通してジビエの良さを伝えてほしい。本当においしいですから」と話す。
この日、シカを狩ることはできなかった。
■原発事故と野生動物
東京電力・福島第一原発事故の後、人がいなくなった街で急速に増えた福島県の野生動物。体内には放射性物質が蓄積し、その肉は出荷制限・摂取制限がかけられた。(※現在では一部を除き制限が緩和されている)
我がもの顔で田畑を荒らす野生動物は駆除を迫られたが、駆除をしても食べることはできない。福島県の野生動物は、自然の循環から外れてしまった。
平山は「彼らも荒らそうと思って畑などを荒らしている訳ではなく、自分たちが生活するために、しょうがなく畑に降りてきて、自分たちが生きるのに必死なわけですから、ただ殺すっていうのは悲しいですよね」と語る。
■福島県にジビエ加工施設を
平山が福島県郡山市の店で提供しているジビエは、福島県外や国外で獲れたもの。
クマ・シカ・キジ・カモ...原発事故から14年、モニタリング検査ではほとんどの野生動物の安全性は証明されている。(※イノシシのみ現在でも基準を超えるものあり)
出荷制限がある影響で、全国で福島県だけが野生動物を解体する加工場がない。
「そうなってしまったものは仕方がないと受け止めて、それをいかに緩和していくかっていうのが僕らの課題」と話す平山は、自らジビエの加工施設を手がけようと考えている。
■命を活かす料理人
「まだまだ放射能の問題など、皆さん気になるところがいっぱいあると思う。安心で安全なおいしいジビエを、より多くの人に楽しんでいただきたいと思う。ジビエはかたい・臭いというネガティブ要素が、まだまだ拭い切れないことあるので、それをうちのお店でジビエの概念を変えていただければと思う」と平山は語る。
原発事故によって自然の循環から外れた福島の野生動物。猟師として野生動物の命を奪い、料理人として野生動物の命を活かす。福島の野生動物を再び自然の循環に組み込む平山なりの答えだ。
■復興の現在地
現在、福島県内で食用として扱われる野生動物は9種類。このうち6種類が、国による制限がかけられている。モニタリング検査では、ほぼすべての品目で国が定める基準値を下回っている。
農林水産省によると、全国の野生動物による農作物の被害は164億円に上っていて、国は野生動物の捕獲とジビエの活用を積極的に進めている。
生態系の維持や命を無駄にしないために、福島県内でも人と野生動物の関係、野生動物の活用を見つめなおすことを考えなくてはならない。